東京都議会議員・斉藤やすひろのホームページです。東京・目黒の未来を創るため「すぐ動く。行動第一の46才」です。ここでは、斉藤やすひろの活動を紹介しています。


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私の履歴書

斉藤 泰宏 (さいとう・やすひろ)1963年(昭和38年)、東京都生まれ。
東京都議会議員、青年局次長、目黒区総支部長。
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。 家族構成:妻と1男1女の4人家族。
現在、目黒区碑文谷に在住。

【略 歴】
1979年(昭和54年) 目黒第九中学校卒業
1982年(昭和57年) 明治大学付属中野高等学校卒業
1987年(昭和62年) 慶応義塾大学法学部法律学科卒業
1988年(昭和63年) 株式会社ロッテ入社
1992年(平成4年)  衆議院議員北側一雄の秘書となる

【プロフィール】
親の仕事の関係で、小・中学校時代は転校の繰り返し。
中学3年(昭和53年)の夏、家族と共に目黒の地へ。約10年間を目黒で過ごす。

幼少の頃からピアノを習っていた斉藤やすひろにはこんなエピソードがある——小学生の頃友だちが受けていたいじめをやめさせようとして、逆に自分がいじめを受けることに。負けずに頑張っていくなか、やがていじめはなくなっていった。そんななか、開催されたピアノの発表会には級友が大勢応援に。「音楽は大好きです」と語る斉藤は、仙台の中学校ではブラスバンド部の部長をつとめたこともある。

中学3年の夏、目黒区へ。転校後すぐに、区の中学体育大会の目黒九中代表として200メートル走に出場した。明治大学附属中野高等学校入学後はラグビー部に入部。ポジションはフルバック。守りの要として、持ち前の足の速さで活躍した。

浪人時代、学費を捻出するため学芸大学駅でアルバイトも。そして、念願の慶応義塾大学法学部へと進学した。大学時代、友人から「他人のために尽くす人生」の素晴らしさを教えられ、感動した斉藤やすひろ。正義の言論で多くの人を守り、尽くしていきたいと弁護士を目指す。大学の代表として出場した、関東学生法律討論会では見事優勝した実力派である。

卒業後は株式会社ロッテに就職。お菓子製作への取り組みが評価され、経済雑誌に「若手のホープ」として掲載されたことも。その後、縁あって北側衆院議員の秘書に。大蔵政務次官、国土交通大臣を務めた北側衆院議員の秘書として10数年。現場第一主義を貫き、肺線維症の難病指定、東山にあった国土地理院跡地の問題解決など、数多くの政策を実現させてきた"政治の本格派"である。


モットーは、「誠実に。そして必ず結果を出す」。
好きな本は『モンテ・クリスト伯』 『三国志』。
政治家が勉強不足であるが故に陥りがちな官僚主義、システム依存。その弊害が随所に見られる現在の政治を、どうしても庶民の手に取り戻さなければならない。そのためには本格的な政治家が、絶対に必要である――。それが、斉藤やすひろの信念である。
行動第一。現場第一主義の斉藤やすひろが、いよいよその挑戦を開始する――。



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